1904
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長野県軽井沢町でリゾート開発を開始
水力発電開発から学んだこと
  • 「リゾートと自然の共存」という思想の原点となる。その後星のや軽井沢開業時には地熱発電も開発し、自家発電で使用電力の65%程度を賄っている。
所有を本業とせず、
運営会社を目指すという
企業将来像を発表
星野温泉旅館(現・星のや軽井沢)の改革に向けた資金調達の方法として、ブライダル事業に着目。徹底したマーケティング調査により、既存サービスに対する評価が低いこと、エリアや世代によって結婚式に求めるニーズの違いが大きいことを把握した。結婚式の本質とは何かを追及し、きらびやかなイベントではなく神聖なセレモニーであるという認識のもと、本物志向の挙式に転換。一方でエリアや世代ごとに異なる披露宴のニーズに対しては、「シュル・ラ・カルト」や「オーベルジュスタイル」など業界初となるさまざまなサービスを展開。ブレストンコートは大ヒットに。星のやブランド開業に向けた大きな足掛かりとなる。
ホテル・ブレストンコートから私たちが学んだこと
  • 徹底したマーケティング調査による、顧客ニーズの正確な把握
  • ビジネスの本質とトレンドの両者追求による、利益を出し続ける仕組みの構築
別会社が運営し、莫大な負債を抱えていたリゾナーレ八ヶ岳を購入。国内旅行の主目的である「温泉」や「有名な観光スポット」がないことを克服するため、徹底したマーケティング調査を行う。結果、未就学児のいるファミリー層をターゲットに設定。
当時、子ども中心のサービスに親が合わせて過ごすのが一般的と捉えられている中、「実は不満を感じている親は多く、本当の意味で家族旅行のニーズに応えていない」という議論から、コンセプトを「大人のためのファミリーリゾート」に決定。コンセプトに忠実にサービスを開発し、新しい家族旅行のスタイルを形成。開業後わずか3年で黒字化を達成した。後に「リゾート運営の達人」と言われる原点となった。
リゾナーレ八ヶ岳から私たちが学んだこと
  • コンセプトに忠実な運営方法の開発
  • リゾート再生事業における、必勝パターンの確立
スキー場運営に着手(アルツ磐梯再生)
経営不振に陥っていた北海道・トマムのスキーリゾート再生に着手。最大の課題は、ウィンターシーズン以外の集客。解決の糸口になったのは、トマムで以前から働き、リフトやゴンドラの保守管理を担当していた地元スタッフから見せられた、一枚の写真。山頂から見える雲海の圧倒的な魅力を、集客の最大の武器としていこうと、さまざまなメンバーが集まりチームで雲海テラスを開発。スキー場だけでなく、トマムそのものが観光の目的地となり、現在までの累計入場者数は50万人を突破している。
トマムから私たちが学んだこと
  • 地元の人しか知らないようなその土地特有の魅力を、集客手段につなげる手法を確立
  • 「魅力創造」「現場主義」の思想を確立
10年来のプロジェクトとして進められた「星のや軽井沢」開業は、温泉旅館の既成概念を打ち破る挑戦だった。計画にあたり市場調査を行いお客さまが何を求めているか探ると「日本人であるから温泉は好きだが、旅館は嫌いだ」ということだった。食事のあり方や時間の拘束など、旅館の都合をお客様に押し付けるようなサービスが根底にあると感じた。泊食分離、食事時間の固定を取り払い、チェックアウトタイムは後ろ倒し、それまでには考えられなかった24時間ルームサービスを取り入れ、「温泉旅館スタイルのラグジュアリーホテル」というコンセプトのもと、常識を打ち破る施策を次々と展開。後に海外にまでブランド展開される、「星のや」の基本コンセプトとなった。
星のや軽井沢から私たちが学んだこと
  • 既成概念に囚われず、マーケットデータからサービスを開発すること の重要性
  • 国内に留まらず、海外にも通用するコンセプトの開発
外資系投資銀行所有の複数の温泉旅館を、受託運営という初めての形態でスタート。問題だったのは、後に「青森屋」となる古牧温泉グランドホテル。広大な敷地にホテルが4つ建ち、80年代には団体客中心に青森を代表する観光地として栄えたが、個人客主流の時代には、知名度もなく地元の魅力に欠ける土地だった。運営にあたりスタッフ会議で決定したコンセプトが「のれそれ青森(思いっきり青森の意)」。それまでの標準語での接客、全国から取り寄せた食材でつくった会席料理、周遊中心、という既存のサービスを全面的に見直し、津軽弁での接客、青森を代表する「ねぶた祭り」を見ながら郷土料理が楽しめる体感レストラン、田舎体験ができるアクティビティなど、ローカル感を全面に出し、青森らしい魅力を引き出すことに。またJRや青森県と組み大々的に土地のアピール、交通の不便も解消し集客に成功した。後の受託運営という形態の原点となった。
青森屋から私たちが学んだこと
  • 観光開発における、ロジスティクスの手法を確立
青森屋の成功以降、温泉旅館の受託運営が拡大していく中で、ブランド統一による集客の拡大、施設をまとめることでスケールメリットを生かし、個別施設ではできなかった進化をできるようにすることを狙い、2010年、全ての施設名称に「星野リゾート」を付加。認知度の拡大をはかった。つづく2011年には、大型リゾート施設の名称を「リゾナーレ」に統一。2012年には、小規模温泉旅館の名称を「界」に統一。各ブランド統一により、知名度を一気に拡大させた。
マスターブランド戦略から私たちが学んだこと
  • ブランド認知度向上による、集客拡大の効率化
  • 統一ブランドによる、顧客期待値の向上
2013
2013
REIT(不動産投資信託)設立。
資金調達のための新たな手法を確立。